2023年7月30日 主日礼拝
- 「神の人モーセ」聖書の最初の部分の著者。神と顔を合わせて会話し、神の計画を遂行する指導者として用いられた。
1 「主」とは造り主。私たちは被造物。被造物にとっては、存在させてくださる造り主は、被造物にとって「住まい」。どこに行ってもそこは神の手の中。
2 世界は神によって作られた。意思を持って大切に造ったことを「生み出された」と表現している。また主は永遠の存在なので、「とこしえに神」と表現。
3 人はちりから作られたので、死ねばチリに帰る。人の命は主が定めている。
4 主は時間の創造者なので、神自身は時間に縛られない。
5-6 主が人の命を終わりにされれば花がしおれるように死ぬ。
7 主は人を怒る。何を怒るのか?
8 主は人の隠れた罪もご存知で、その罪を憎む。
9 主は人の罪を怒るので、人は命を終える。
10 人の生涯は70-80年と短く、罪の故に辛いことが多い。
11 モーセは神の人だが、「だれが」と言う時、自分を除外しない。彼自身も「ふさわしい恐れ」を持っていない。それで、神に栄光を帰さずに、神の怒りを受けた。
12 まだわきまえのない者として、モーセは「知恵の心を得させてください」と祈る。
「自分の日を数える」とは、自分の限界と可能性をわきまえると言うこと。そのわきまえがなかったので主を怒らせてしまったと反省している。知恵の心が与えられれば、謙虚に、また望み高く生きることができる。
13 モーセは主に期待して願う。「帰ってきてください」とは、主との親しい交わりを回復したいと言う願い。帰ってきてくださるのか?モーセは「あわれんでください」と願う。
14 主との親しい交わりがある時は、喜び歌い楽しむ。そのような恵みを求める。
15 自分たちの味わった苦しみも主はご存知なので、あわれんで、喜びを与えてと願う。
16 「みわざ」とは主の計画が実現するための主のわざ。モーセは積極的に主が働いてご計画を遂行してくださることを願う。
17 誰をも愛してくださるのが主の慈愛。わきまえなく罪深い者であったが、へりくだって反省し、主に喜ばれる生き方をしたい。そこで、「私たちの手のわざを確かなものにしてください」と願う。
- 私たちは、はかないけれど、主に願うことができる。主は祈りを聞いてくださる。