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2023年7月16日 主日礼拝
1.その日
- 15-19章に、諸国への宣告が並ぶ。
15:1 モアブについての宣告 17:1 ダマスコについての宣告
18:1 羽コオロギの国(クシュ) 19:1 エジプトについての宣告
- 主の計画は全世界に及ぶ。イスラエル周辺の国々についての宣告をイザヤは預言した。
- ダマスコは、イザヤ当時は「アラム」の都。現在のシリアの首都ダマスカスのこと。古代から繁栄し、現在は人口200万人。
- ダマスコは、アッシリアによってBC732年に占領され、以後、BC572バビロニア、BC539ペルシャに支配される。
- アッシリヤの侵攻によって、エフライム(北イスラエル)も滅ぼされた。この時、イスラエルの多くの人々は捕囚として連れ去られた。
- 「その日」とは、こうした出来事が確認された時を指すのだろう。
2.人は
- 6節の「取り残しの実」とは、アッシリヤに連れ去られなかった残りの民のこと。彼らは、主があえて残してくださった人々。
- 参考 申命記24:20 あなたがオリーブの実を打ち落とすときは、後になってまた枝を打ってはならない。それは寄留者や孤児、やもめのものとしなければならない。
- 「人は」とは、残りの民など、主による裁きを自分への戒めとして受け止める人のこと。
- たとえその場にいても、主による裁きと受け止めない人は、物事の見方が異なってくる。
3.自分を造った方と、自分の手で作った偶像の違いを知る
- 圧倒的な出来事に接すると、人は宗教的になり、自分を超えた存在を求める。
- 残りの民が創造主に目をとめるのは幸い。人の真の望みは、人の造り主にある。
- 造り主がわかれば、偶像との違いは明確。偶像同士を見比べても、一長一短。
- 偶像宗教は、人間が作ったバーチャルリアリティーな世界観。
- 今日、コンピューターによって、見事なバーチャル作品が作られるようになった。それらは結局、「人の手で作った」もの。人は、自分たちが作ったものに、深い関心を寄せる。
- しかし、もしも「人を造った方」より「人の手で作ったもの」に目を奪われるなら、ダマスコの経験したような裁きを覚悟しなければならない。
- イスラエルの聖なる方を見、そのみこころに従うことを選びとろう。
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