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2020年5月3日 主日礼拝
A.自分の体験
1.主を呼び求めると(1-3)
- ローマ10:13にも「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。とある。これは主を信じる者にとって原則的な教え。
2.主を呼び求めた(4-6)
- 原則は、実際に主を呼び求めた経験よって確認される。ダビデはサウル王の妬みで命を狙われ、主を呼び求めた(6)。
- 主は彼の呼び求める声を聞いてくださった。自分の嘆きの声を聞き、同情してくれる存在がいることを知るだけでも慰められる。
3.叫びを聞き、主は怒る(7-15)
- 主が救うのは、同情心だけからではない。主は義なる方であり、悪によって苦しむ者がいることに怒る(7)から、苦しめられているものを救うために天から降りて来られる(9)。
- 雹(12)や雷鳴(13)は、神の怒りを表している。人の目には見えないが、そのとき主はケルビムに乗って天翔ておられる(10)。この表現は、神の意志は私たちの身近なところで実際に表されているということ。
4.主が奇跡的に救ってくださった(16-19)
- 敵は自分より強かった(17)。しかし主は、大水から引き上げ(16)、支えとなり(18)、広いところに導き出し(19)、救い出された(17)。
B.体験から学んだこと
5.主に従う幸い(20-24)
- 私の義・手のきよさ(20,24)、主の道を守り(21)、自分の咎から身を守り(23)などは、主に従う生き方を示す表現。
- ダビデはサウルを倒す機会が二度もありながら、主の手に委ねて、主に油注がれた主君への忠誠を保った。そうして主に従ったからこそ顧みていただけたと感謝する。
6.主は正しく報いる(25-30)
- 主は自分だけでなく、誰に対しても、正しい報いをお与えになる。(25-26) 主に従う者は主の助けを期待できる。
7.自分は主に正しく導かれた(31-42)
- 主に従った故に力づけられ、成長させられた(32-36)
- 主に従った故に敵を倒せた。(37-40)
- 主に従わない者が主に叫んでも答えも救いもなかった(41)。サウルの末期には、主は彼にみこころを示さなかった。
8.主に与えられた使命(43-45)
- 主は勝利を得た自分に国々かしらという使命を与えられた(43)。
- 異邦人にも主をあかしすることができる。(44-45)
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