2019年11月24日 主日礼拝

創世記 22章1節~18節
國分広士牧師

1 神が合わせる試練

  • アブラハムはここまでにも数々の心を探られる出来事を経験してきた。
    ○神の約束を信じて故郷からカナンに移住した。
    ×カナンで飢饉になりエジプトに逃れた時、妻を妹と偽った。
    ○ロトと別れる時、先に行き先を選ばせてあげた。
    ×後継者が生まれないので、そばめを用いてイシュマエルを産んだ。
    ○100才にして、約束の子イサクが誕生。
  • そうした経験はアブラハムの信仰を成長させた。しかし「試練」とまで言われるのはこれが初めて。
  • 神はあえて人を試練にあわせることがある。
    あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。(コリント第一10:13)

2 アブラハムは神を信じた

  • アブラハムの内面は、新約聖書ヘブル書が解説している。
  • アブラハムが刃物で殺そうとした時に神の使いは「よくわかった」と言ってやめさせた。
  • その時になって、アブラハムは、角をやぶにひっかけていた羊に気づく。
    アブラハムはイサクに「わが子よ、神ご自身が、全焼のささげ物の羊を備えてくださるのだ。」(8) と言っていたが、その期待が実現した。
  • この羊は、キリストを象徴している。イサクの身代わりとなった羊のように、キリストは私たちの身代わりとなった。
  • アブラハムが山に登る前に羊は備えられていた。主の山には備えがある。私たちも恐れないで期待を持って、神のみこころに従おう。

本日の宣教要旨はございません。