2024年9月15日 主日礼拝

ヨハネの福音書14章1-9節

國分広士牧師

天国とはどういうところなのだろうか?誰も天国に行ってきた人はいない。しかし天国から来た人はいる。それは神のみ子であるイエス様。イエス様は天国を「父の家」と言った。イエス様の父の家にはどうしたら行けるのだろうか?

1.心を騒がせてはなりません

  • 「このままではどうなってしまうのだろう?」と心配になると、心が騒ぐ。明日も将来もわからない私たちは不安になりやすい。しかし「きっと将来は明るい」と思えれば、安心できる。この地上の歩みに困難があったとしても、やがて素晴らしい天国に行けると信じるなら、心を騒がせずに生きることができる。
  • 天国はあるのか?あったとしても、自分は行けるのか?などと疑問があるままでは、心は穏やかにならない。イエス様は「神を信じ、またわたしを信じなさい」と言われる。神のお住まいが天国。天国に入れてくださる救い主が、神のみ子であるイエス様。イエス様を信じれば、心を騒がせずに過ごすことができる。

2.父の家には住むところがたくさんある

  • 地上には80億人に迫る数の人間がいる。そんなにたくさん天国に入れるのか?心配は無用。イエス様の父の家には住むところがたくさんある。宇宙全体を造られた神は、宇宙より偉大な方。その方の住まいは広い。
  • イエス様は「あなたがたのために場所を用意しに行く」とも言われた。また、「場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます」とも言われた。私たちの居場所は、行く前に確保されているので心配はない。
  • またイエス様は「わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするため」とも言われた。父なる神もイエス様も、私たちが神様とともに暮らす事を望んでおられる。

3.主イエスを通して父の家に行く

  • 「行ったことのない場所にどうしたら行けるだろうか?」と不安に思ったことはないか。経験があれば自分の経験に頼れるが、天国への道は誰もが初心者。弟子のトマスも「どうしたらその道を知れるでしょうか?」と尋ねた。
  • イエス様の答えは単純。「わたしが道」「わたしを通してでなければ父のみもとに行くことはできません」ということ。問題はイエス様を信じているかどうかということ。イエス様は天国への道を知っているどころか、道そのもの。
  • イエス様は、私たちを父に会わせたいようだ。「今から父を知るのです」と、わくわくした思いを語っておられる。しかし実は、三位一体の神であるイエス様を見ているなら、父を見たのと意味的には同じ。なので「いや、すでに見た」とまで言われる。すばらしいお方である父なる神に会わせたいというイエス様の情熱を感じる。

イエス様にとって、父の家ほど良い場所はなく、そこにおられる父ほど素晴らしい方はいない。天国より地上を愛しているなら、「死にたくない」と思うだろう。それでも死は確実に来るので「地獄よりはましだから天国で我慢しておこう」と考えるのかもしれない。それは不幸な考え方。天国は父の家。私たちを造ってくださった方のもとに行けるのは、実は最も素晴らしいこと。イエス様を救い主と信じて、天国への道を歩もう。