2025年6月15日 主日礼拝

序
ヨシュアの告別説教を学ぼう。
1.主にすがりなさい
- 「すがり」とは、赤ちゃんが母親にしがみつくような表現。
- 赤ちゃんは弱く、周囲の事態を把握できない。だから最も信頼している存在である母親にすがる。私たちも自分の弱さを自覚すればすがりたくなる。自分は大丈夫と思っていればすがらない。
- 「主にすがりなさい」ということは、己の弱さを自覚せよということ。特に罪に対して私たちは無力であることが多い。
2.主ご自身が戦われる
- イスラエルの勝利は主によって与えられた。
- かなわないと思っていたアナク人も追い払うことができた。
- そのときヨシュアは行って、アナク人を山地、ヘブロン、デビル、アナブ、ユダのすべての山地、イスラエルのすべての山地から断った。その町々とともにヨシュアは彼らを聖絶した。こうしてアナク人は、イスラエルの子らの地には残らなかった。ただガザ、ガテ、アシュドデに残るのみとなった。(11:21-22)
- 「一人で千人を追うことができる」というのは強調表現だが、それはイスラエルの強さではなく、主の強さを強調している。
3.主を愛しなさい
- 12節以降に、主に従わない場合の戒めが語られる。
- ①異邦の民を追い払わない。
- まだカナンの地には多くの異邦の民が残っている。
- ②滅び失せる(13)
- ③根絶やしにされる(15)
- ④滅び失せる(16)
- 良いことを実現した主は、のろいも実現される。主を恐れなければならない。
- もしも主に従うことが「厳しいルール」だと思うなら、実現は難しい。しかし、主を愛するゆえに、主の思いを大切にしようとするならば、それは厳しいルールではなくなる。
- 主イエスは最も重要な戒めは何かと問われた時、こう教えた。
- 「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』これが、重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。この二つの戒めに律法と預言者の全体がかかっているのです。」(マタイ22:37-40)
- 律法は法律ではない。「手引き」のようなもの。料理で言えばレシピ。おいしく作るためにある。私たちに幸いをもたらすために与えられたのが律法。
- なのに不幸をもたらすもののように勘違いさせるのは、蛇の誘惑。
結
幸を与えてくださる主を愛そう。