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2023年2月5日 主日礼拝
1.求めなさいという命令
- 「私は求めません。主を試みません。」というのは、謙遜ではなく、助けようとする主を煩わせる誤り。(イザヤ7:10-13)
- 主ご自身が「求めなさい」と命じているのに、素直に応じないのは主への反抗。
人の罪は、主のことばへの不従順から生まれる。
- 私たちは求めるべき必要を抱えていることを謙虚に認めるべき。実は求める以前に、すでに多くのものを与えられて守られている。自分の意思で求めて与えられることによって、祈りを聞かれ、豊かに与える主の愛を実感することに、真の意味がある。
2.求め続けなさい
- 新改訳聖書欄外註にあるように、ギリシャ語は現在形と現在進行形の区別がないので、「求め続けなさい」とも訳せる。「祈り」は、続けることにも意味がある。続かない祈りはきまぐれで、本気ではなかったとも解せる。
- すぐに結果が出ることを私たちは願いやすい。私たちは自分自身も周囲の状況も常に変化している中にいるので、自分が欲しいタイミングで得たいと思う。しかしそれで得ても「自分で獲得した」という受け止め方になり、「与えていただいた」という感謝は生まれない。
- 求め続けるのは、謙遜になること。一言だけで済ませた方がスマートで、くどくど続けるのはかっこ悪い。しかし、与えていただいている被造物の身であるのだから、神にかっこをつけるのは失礼。
- 求め続けるのは、信頼のあかし。求め続けてもうるさがられないと信頼しないと続けられない。神の広い心を信頼しよう。
3.父は子に良いものを与える
- 優しい父は、子ががっかりするような意地悪をしない。
- 良い父は、真に子にふさわしい良いものを与えようとする。
- 賢い父は、良いタイミングで与えようとする。
私たちはマラソンのように人生を走っている。マラソンランナーにとって励ましは給水所。そこで一口飲む水で力を得て、また走り続ける。
しかし、まだ喉が乾いていないと通過する選手もいる。しかし必要な時にはなくて脱水状態になってしまう選手もいる。また、あわてて取ろうとして、うまくキャッチできないこともある。
駅伝では、チームのサポートメンバーが並走しながら水を渡してくれる場面がある。受け取りやすいし励ましのことばも受けられる。
- 主は、私たちの状況や周囲の状況の変化まで把握し、必要な時に必要なものを与えてくださる。心強いサポートメンバーや監督のよう。神は父がこの人生に関心を持つように、私たちの人生に深い関心を持っている。助けが与えられることを信頼し感謝し、積極的に求めよう。
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