2022年8月14日 主日礼拝

ルカの福音書 12章29〜34節
國分広士牧師

1.天の御国を求める(29-31)

  • 「異邦人」とは、真の神を知らない人のこと。世界の造り主であり支配者である真の神を知らないと、自分を守ることに懸命になる。
  • 主イエスは真の神を「あなたがたの父」と言ってくださった。父なる神は私たちの必要を、私たち以上によく知っている。今の必要だけでなく、将来必要になることまで知っておら、与えようと計画している。
  • 父なる神が与えてくださるなら心配はいらない。だから主イエスは「むしろ御国を求めなさい」と教えてくださった。私たちが真に考えるべきことは「父が望んでいることは何か?」であり、行うべきことは「父の喜ばれること」である。
  • 父はご自分のみこころを行う者を愛して、必要を満たしてくださる。自分を守ろうと懸命にならなくても守られる。その父への信頼が大切。

2.父は御国を与えてくださる(32)

  • 父は地上での祝福を与えるだけではない。「御国」を与えてくださる。地上での祝福は、「それに加えて与えられます」(31)ということなので、おまけである。
  • 「御国」は「神の支配が完全になされているところ」。主イエスを信じる者は、地上にいながら御国の者である。天の御国に行くなら、帰るべきところに帰ったと感じるだろうし、実は地上にいても、御国の実現をかいまみることができる。
  • 私たちの心が「神に従いたい」という思いになり、その思いから自発的に神の喜ばれる行動をするなら、神の支配が地上においてもなされている。聖書の登場人物たちは、そのように神に用いられた。私たちを通して神の御心が行われるなら、それは御国のあらわれ。

3.主イエスの宝(33-34)

  • わたしたちの心はどこにあるのか。私たちの「宝」は何か。
  • 主イエスの宝は「父」。父のみこころを、自分の願いより優先した。
  • 地上において、父なる神への愛と信頼をどう表すことができるか?主イエスは「自分の財産を売って施しをしなさい」というチャレンジを与えた。
  • 注意すべきは「自分の財産を教会にささげなさい」とは言わなかったこと。それだと、カルト宗教になってしまう。
  • 施しは、現実的な必要を抱えている人を助けるということ。財産への執着心を問題視し、それを捨てるように勧める教えは、一見正しく見えるが、財産は良い目的に使うために神が自分に託していると積極的に考えるべき。だから主イエスは「施しをしなさい」と教えた。
  • 父なる神は教会が経済的に繁栄することよりも、愛の実践を喜ぶ。そこには御国の反映がある。
  • 地上においても御国を求め、そして地上を去った後はまさに御国に入れていただくことを求めよう。