2024年6月2日 主日礼拝

イザヤ書48章17-19節

國分広士牧師

1.主は益になることを教えてくださる

  • 私たちの周りには、色々な有益に思える情報が満ちている。
  • 何か知りたいと思ば、スマホだけでもたくさんのことを知ることができる。
  • 情報を整理して、聞くべきこととそうでないことを見分ける必要がある。
  • 真に益になることは主が教えてくださる。なぜなら、主は過去も現在も未来も、全てをご存知だから。3節で主は「かつて起こったことは、前からわたしが告げていた。」5節では「まだ起こらないうちに聞かせた」。さらに8節では「あなたが必ず裏切ることを、母の胎内にいるときから背く者と呼ばれていたことを知っていた」とさえ言われる。
  • 全てのことをわきまえた上で、最善の教えを教えてくださるのは、主のみ。

2.主は歩むべき道に導いてくださる

  • 主は知っているだけでなく、導かれる。教えを与えるのも導きの一つ。
  • 10節では「わたしは苦しみの炉であなたを試した。」と言う。試練も悔い改めに導くための主の導き。その試練も事前に予告され、実現している。すべての出来事の背後に、主の導きがある。
  • 試練は通過点であり、終着点ではない。12節で主は「わたしが初めであり、また、終わりである。」と言われる。最善の目的地を主は計画しておられる。そこに導くために、色々なことを教え、心を主に向けさせるための出来事も起こす。

3.私たちは主の命令に耳を傾けるべき

  • 主の教えは深淵すぎて理解できないものなのではない。16節では、「わたしは初めから、隠れたところでは語らなかった。」と言われる。
  • 申命記29:29では「隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし現されたことは永遠に私たちと私たちの子孫のものであり、それは私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。」と教えられている。必要なことは現されている。現された部分に注目せずに、隠されたところを探ろうとするのは、必要なことは現されていることを信じない、悪魔的な主への不従順。
  • 主の命令に耳を傾ければ、「あなたの平安は川のように、正義は海の波のようになった」はず。全ての祝福は主から与えられるのだから。
  • 主のことばに耳を傾けよう。毎日、自分で聖書を読み、祈ろう。