2020年7月19日 主日礼拝

詩篇 37篇
國分広士牧師

1.悪を行う者に腹をたてるな(1-2)

  • 悪を行う者に腹をたてるのは当然に思うが、彼らに腹をたてるなと言う。
  • 義憤は必要だが、ねたみは不要。そしてねたみは義憤を装うので危険。
  • 義憤も、正しい裁きに繋がらなくては無意味。冷静さが必要。
  • 悪を行う者は滅びるという達観が、怒りを静める。

2.主に信頼し善を行え(3-6)

  • 心を傾けるべきなのは、「悪」でなく「善」。
  • 主に信頼する者は、主の模範にならい、善いことをしたいと願う。
  • 「地に住み 誠実を養え」とは、私たちの地上での使命を表す。生きている限り、私たちには神から与えられた使命がある。
  • 主が良い願いを実現させてくださるという信仰が善行を支える。だから「あなたの道を主にゆだねよ」と勧められる。主が成し遂げてくださると信じるなら平安が与えられる。

3.耐え忍んで主を待て(7-24)

  • 悪人は「敵対して事を謀り(12)」「苦しむ人 貧しい人を打ち倒し 正しい人を切り殺す(14)」。しかも「その道が栄えている(7)」。
  • 自分が審判者の立場に立って裁こうとするのが私たちの怒り。しかし真の審判者は主であり、「主は悪しき者を笑われる(13)」。なぜなら、「もうしばらくで悪しき者はいなくなる(10)」から。
  • 「主によって人の歩みは確かにされる(23)。」
  • 転ぶことはあっても、また起き上がることができる。
  • なぜなら「主がその人の腕を支えておられる(24)」

4.主に身を避ける(25-40)

  • NHKこころの時代で「東八幡キリスト教会牧師・NPO抱撲理事長 奥田知志師」が語っていたことばに心を打たれた。「やまゆり園事件の犯人と接見した。彼は意思疎通できない重度障害者は不幸を生むだけと言ったが、それは彼だけの思いでなく多くの人の思いを代弁している。確かに重度障害者は周囲の人々に大変さをもたらすが、大変さと不幸とは違う。隣人を愛して大変さを共有するなら、幸福も生まれる。幸福を生み出す機会と見るなら価値ある存在に見えてくる。」
  • 奥田師は犯人をはじめとする悪人への復讐でなく「主に信頼し善を行え」というみことばに従う。できるならイスカリオテのユダにも、自分の過ちを後悔するなら、祭司長に金を返し、自分で自分の始末をつけて自殺するのでなく、主イエスにあやまろうと言いたいとも語っていた。
  • 「主に身を避け(40)」よう。「平和の人には未来がある。(37)」