2026年1月4日 主日礼拝

ローマ人への手紙1章1-7節

國分 広士 牧師

  • これまで「聖書通読」の箇所から宣教箇所を選んできたが、今年からは、通読とは別計画で礼拝の宣教箇所を決めることとし、まずローマ人への手紙を学ぶ。
  • 通読箇所の申命記1章について一言語っておく。「荒野の40年」の終わり近く、世代交代を経たイスラエルの民に、モーセが語った教えが申命記。民の不信仰のゆえに40年延期されたが、「カナン占領」という主の命令は変わらない。主を信じ、恐れてはならないという命令も変わらない。主を信じないで恐れ、主に背いたた先代の過ちを繰り返してはならないと戒めている。

1.誰が召されるのか

  •  a「使徒として召されたパウロ」(1)
  • パウロは自分は使徒に召されたと信じている。使徒とは、イエス様が弟子たちの中から自分の側近として選んだ。使徒時代に入り、パウロは教会の迫害者だったが、ダマスコ途上で主イエスの光を受け、改心した。主はパウロを「私の選びの器」と言われた(使徒9:15)。
  • 自分の思いだけで主イエスを信じるなら弱い。人は気が変わることもよくある。しかし、召されているなら、自分の思いだけではなく、主の意思が自分を導く。
  •  b「あなたがたも召されてイエス・キリストのものとなりました」(6)
  • パウロだけの話なら、自分とは別次元の話に思うかもしれないが、「あなたがたも」と言われている。イエス・キリストを信じる者は、実は主に召されている。ということは、自分の意思だけで信じているのではなく、主の導きを受けている。信仰告白は聖霊による。(第一コリント12:3/新約聖書344頁)

2.誰に召されるのか

  • 「この方によって」(5)とある。それは主イエス・キリスト(4)。
  • イエス様が神の御子であることを示す大切なポイントが2つある。第一は「ダビデの子孫」(3)であることで、旧約聖書のメシヤ預言の成就だということ。
  • 第二は「死者の中からの復活」(4)によって、「力ある神の子」として公に示されたこと。人間は死に逆らえないが、主イエスは死をも滅ぼす。
  • そういう方に召されていることを自覚しよう。死は終わりではない。使徒たちが殉教の死を恐れずに福音を伝えたのは、自分を召した方が死をも滅ぼす方だから。申命記の「恐れてはならない」というメッセージは、召した方が真に偉大だと信じる者を励ます。

3.何のために召されるのか

  • 「福音のため」(1)とある。福音とは、「御子に関するもの」(3)。
  • 福音の具体的な内容を簡潔に記すなら以下のよう。
  • 神によって神に似せられて造られた人間は、神の命令に背いて罪人となった。罪人は神の裁きで滅ぼされるが、神は救いたいと思われ、罪の刑罰を身代わりに受ける方を世に生まれさせた。それがキリストで、キリストが人間の罪の身代わりに十字架で死なれた。さらにキリストは死から復活し、永遠のいのちを示された。キリストを信じる者は、罪の裁きが終わっているので、赦される。そして神の子とされて永遠のいのちを与えていただく。
  • 主は「すべての異邦人の中に信仰の従順をもたらす」(5) ことを望まれている。その中には確実に私たち一人一人が含まれている。例外はない。

私たちを召す方を信じよう。