2023年5月28日 主日礼拝

使徒の働き 2:36~39節
國分広士牧師

序 ペンテコステとは

  • 「五旬節(ペンテコステ)」とは「50日目の祭日」という意味で、聖なる会合が義務づけられていた。(レビ23:15-21)キリスト教会はイースターから50日目を聖霊が降られた記念日としている。
  • ユダヤ人は、世界各地に移り住んでいたが、五旬節のような大切な礼拝の日には、世界各地からエルサレムに集まった。弟子たちは、エルサレムにとどまれと言う主イエスのご命令でエルサレムのある家にいた。1:15では120人ほどの人々が集まるスペースがあった。当時の家は通りから門をくぐると中庭に入り、その中庭を小さい住居が囲む集団住居が多かったので中庭かもしれない。中庭に入る門が開いていたので、聖霊が降った音に驚いた人々は、様子を見に中庭に入って来れたのだろう。
  • 弟子たちは聖霊に満たされ、他国のことばで話し始めた。様子を見に来た人々は、通常はイスラエルではなく、様々な国々に住んでいるので、生活言語はそれぞれ異なる現地語。ところが集まった人々は、自分たちそれぞれの現地語で「神の大きなみわざ」を聞いた。
  • 当惑する人々に、ペテロが代表して語った。その内容は、
    (1)多くの言語で弟子たちが語ったのは預言の成就。なので弟子たちは神の言葉を告げた。
    (2)ナザレ人イエスは神が御子であることを証しされたが、あなたがたは彼を十字架にかけて殺した。
    (3)神はイエスを死からよみがえらせた。キリストのよみがえりについては、かつてダビデ王も予見していた。イエスのよみがえりは、彼がキリストであることの証拠。
    (4)復活後、神の右にあげられたイエスが、自分達に聖霊を注がれた。
    (5)主でありキリストであるお方を十字架につけたことを自覚せよ。

1.聖霊によって心を刺される

  • そこにいた人々の中には、「十字架につけろ」と叫んだ人もいたかもしれない。積極的には加担せずとも、あえて反対はしなかった者もいただろう。いずれにしても、彼らは自分たちは神に対する反逆者であり罪人だと自覚した。心すなおに罪を自覚できたのは聖霊の導き。
  • 人々はペテロたちに解決の導きを求めた。彼らが神のことばを語ったと認め、神のみこころを知る者だと尊敬したから。人は聖霊に導かれると謙虚になり、相手を尊敬するようになる。

2.聖霊によって心が砕かれた人々への勧め

  • 神に対する罪の解決は「赦し」しかない。人に対してなら償えることもあるが、神への反逆は償えない。
  • 赦していただくには、あわれみにすがるしかない。ダビデは自分の罪を告白して赦していただいた。ニネベの人々は、神の前に悔い改めて、罪のさばきを赦していただいた。
  • 主イエスは弟子たちに、人々を導きバプテスマを授けるよう命じられた。
    ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。(マタイ28:19-20)
  • 主イエスに罪を赦していただきたいなら、彼の命令に従うべき。
  • 主イエスを信じる告白をする者には聖霊が与えられる。主イエスを信じる告白は聖霊による。
    ですから、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも「イエスは、のろわれよ」と言うことはなく、また、聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。」(コリント第一12:3)

3.私たちに与えられた約束

  • この日3000人が弟子に加えられたが、同時に3000人が居られるスペースはなかっただろう。信じた人々が他の人々を連れてきて、次々と弟子に加えられていった結果、3000人にもなったと考えるほうが理解しやすい。ということは、信じた人はさらに主イエスを証しする者として、聖霊に用いられたということ。
  • 聖霊が与えられることは皆への約束。他国のことばを語ったりいやしの奇跡を行うのは、使徒など限られた人々による。ほとんどの信者にはそうした奇跡的現象は見られない。
  • しかしどの信者も聖霊に心を刺され、罪の意識が生まれた。そして聖霊によって、みことばを受け入れ、主イエスを信じる告白もさせていただいた。さらに聖霊は信じた者が主イエスを証しするように導かれる。こうした導きはどの信者も経験したしこれからも経験しうる。
  • もう一度、悔い改め、主イエスを信じる告白をし、聖霊に用いていただき主イエスを証ししよう。