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2022年6月5日 主日礼拝
1.キリストを十字架につけた
- イエスの十字架刑はつい50日前のこと。ユダヤ人たちにとって記憶に新しい。
- ユダヤ人たちはイエスがキリスト(救い主)ではないと思い、キリストと自認するイエスを冒涜罪で死刑にした。しかし、イエスの弟子たちは聖霊を受けて多くの言語でみことば語り、イエス様が真の救い主・キリストであると語った。
- ユダヤ人たちは、弟子たちの言葉で、事の真相を理解し、自分の過ちを悟った。
2.どうしたら良いのか
- 道に迷っていることに気づかなければ、不安を感じないで歩めるが、「間違えたかもしれない」と思い始めると、進んで良いのか引き返したら良いのか判断ができなくなる。弟子たちのことばで過ちを悟った人々は「どうしたらよいのでしょう」と素直に助けを求めた。
- 過ちに気が付いてもどう反応するかは色々な可能性がある。自分だけが悪いのではないと開き直って無視することもある。何か相手に良いことをして償おうとすることもある。しかし一番大切なのは率直に過ちを認めて謝ること。素直な心になっていないと、過ちを悟っても謝ることはできない。
3.悔い改め、バプテスマを受けよ
- ペテロは2つのことを勧めた。第一は悔い改めること。第二はイエス・キリストの名によってバプテスマを受けること。
- 悔い改めは、まず神に対して罪を告白すること。本気で悔い改めた人は相手にも謝る。レビ記には損害額に5分の1を加えて償うことが命じられている。(レビ6:5など)しかし神の前での悔い改めは示談ではない。金を出せば良いのではない。償いの行為の前に、罪の告白がなければ、神は満足されない。
- バプテスマのヨハネは悔い改めの印としてバプテスマを受けさせた。使徒ペテロはそれに加えて「イエス・キリストの名によって」と言う。イエスをキリスト(救い主)と信じてイエス・キリストの弟子になる誓いという意味。
4.この曲がった時代から救われよ
- ペテロは「曲がった時代」と語った。現代も曲がった時代。核戦争が起きるかもしれないし、環境汚染がもっと深刻になるとも予想されている。このままではこの世界は滅びるという危機感を抱きながら、どうしたら良いのかわからないので、現状維持を続けている。
- 曲がった時代はいつ始まったのか。アダムとエバが罪を犯した時まで遡ることができる。(創世記3:17)それ以来、世界は滅びへと向かいつつある。
- ユダヤ人にとって、つい最近まで迫害していたイエスの弟子になるのは決断を要する。このとき大勢(3000人)バプテスマを受けたのは驚きで、聖霊の助けがあったにちがいないことが示されている。
- 神のくださる賜物としての聖霊は、道を誤った私たちに、これからの生き方を示す。聖霊の導きに従って歩めば、安心して進むことができる。
- ペテロの勧めに私たちも従おう。
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