2019年10月6日 主日礼拝

ピリピ人への手紙 1章12~26節
國分広士牧師

後藤師夫妻のこと

  • 中野島キリスト教会初代牧師 9/29寛子姉召天 10/5茂光師召天
  • 9/30の寛子姉葬儀に出席。後藤師夫妻が主のみことばを愛し、礼拝を重んじ、お互いを大切にしていたことが証しされ、深い感銘を受けた。晩年の姿に主に従う真実な信仰の姿を見ることができた。彼らの死はキリストを証しした。

1 キリストのゆえの苦しみが益となる (12-18)

  • パウロは迫害され投獄されていたが、それが益となった。
  • 益1 パウロの投獄から親衛隊にもキリストが証しされた。
  • 益2 牢獄のパウロを思った弟子たちが大胆にみことばを伝えた。
  • 益3 パウロも牢獄で書簡を書く時間が与えられた。

2 生きても死んでもキリストがあがめられることを願う (19-21)

  • パウロは自身の保身よりキリストを信じる人が増えることや、信じた人の信仰が強められることを願っていた。彼の存在が生死に関わらずキリストが崇められることに役立つことを願っていた。
  • 生きることにも死ぬことにも大きな意味を見いだせる人は幸い。

3 生きる意味 (22-26) 

  • 生き続ければ、彼が影響を与えることができる人々を教え励まし「実を結ぶ」。
  • 自分を必要としている人がいてこそ、生きる意味を実感できる。愛する人がいること、その人に仕えることができることは幸い。後藤師も老老介護の中で「今が一番いい。仲良くしている。」と語っておられた。

4 死ぬ意味 (23)

  • 死ねば、世をさってキリストとともにいることになる。パウロは「そのほうが、はるかに望ましい」と語った。
  • 死ねば全ての人が天国に行くのではない。「この世」と「あの世」という死生観では、死後についての考えが不十分。聖書は死後に人は「天国」と「地獄」のどちらかに行くと教えている。キリストを信じるものは、キリストのあがないで罪が赦され天国に行けるが、あがないを信じない者は自分の罪のゆえに地獄に。
  • 確かに天国に行ける確信がなければ「はるかに望ましい」とは言えない。天国を楽しみに思える人は幸い。

5 映画「愛の使徒パウロ」のこと

  • 昨年ロードショーされた映画「愛の使徒パウロ」は、この箇所を思い起こされる内容だった。ローマ皇帝ネロによるキリスト教迫害の時代に、投獄されたパウロの牢獄に通うルカによって、使徒の働きが書かれたという筋書き。書かれたのが獄中書簡でないなど疑問はあるが、大まかにはよくできた映画。映画中にはパウロを脱獄させようとする若者も登場するが、パウロは正々堂々と裁判を受ける覚悟で脱獄を拒む。どこにいても、主によって自分が置かれた所を大切にし、そこで出会う人々を愛した。その影響もあり、ローマの隊長も信仰を持つ。
  • 後藤師夫妻もパウロも最期まで主を愛し従った。彼らは「生きることはキリスト、死ぬことは益」だと証しした。その足跡に続こう。