2019年9月1日 主日礼拝

マタイの福音書 24章1~44節
國分広士牧師

1 人に惑わされないように気をつけなさい(4)

a.主イエスは終末の前兆として起きる数々の事柄をあげられた。

  • 宗教:偽キリスト(5)、偽預言者(11)、
  • 政治:戦争(6)、民族同士や国家間の対立(7)、
  • 社会:飢饉(7)、地震(7)、不法がはびこる(12)、愛が冷える(12)、
  • 教会:迫害(9)、背教(10)、教会内での対立(10)、世界宣教が実現する(14)、
  • 最終的前兆:「荒らす憎むべき者」(15)、大苦難(21)。

b.それらはキリストが再臨する前兆。

  • あわててはいけない(6) 不安は人の判断を狂わせ滅びに向かわせる。
  • 呑気でもいけない(33) 前兆を正しく受け止め、福音を受け入れ、キリストを待つ備えをせねば、神が世の終わりの前兆を与えた意味がなくなる。

2 天地は消え去る(35)

  • 大苦難までの前兆の後、太陽は暗くなり、月は光を放たなくなり、星は天から落ち、天のもろもろの力は揺り動かされます。そのとき、人の子のしるしが天に現れます(29-30)。これはもはや前兆ではなく、キリストの再臨そのものの場面。このタイミングで信じようとしても手遅れ。「そのとき、地のすべての部族は胸をたたいて悲しみ、人の子が天の雲のうちに、偉大な力と栄光とともに来るのを見るのです。(30)」
  • 天地が続くと思うのか、終わりがあると考えるのかは、決定的な違い。
  • 天地が続くと思う人は、自分の望みをこの世に置きやすい。「健康長寿」を最大の望みとするのは、この世にしか望みがないからでは。この世に生まれ変わることを願うのも、この世にしか望みがないからでは。
  • あるかないかわからない「来世」より今の人生…という発想は、現実的であるように見えるが、「神のさばき」を無視しているという点で、実は現実逃避。ノアの時代の人々は、ノアが箱舟を建造していることによって洪水を予告されていたのに、無視して滅んだ。
  • 天地は必ず消え去る。しかし、その時がいつかは誰も知らない。知らないのだから、いつ終わりが来ても良いように備えながら、落ち着いて生きるべきである。

3 主のことばは消えない(35)

  • 天地は消えても、主のことばは消えない。終わるものと終わらないものと、何が真に頼りになるのか、悟らなければならない。
  • 前兆が起きている間に、主のことばを受け入れよう。
  • 主は造り主であり、救い主であり、裁き主である。
  • 主はやがてご自分が世界を裁くからこそ、私たちが裁きの前に
    「罪を悔い改め」、
    「キリストの身代わりの死を信じ」、
    「主の弟子・主のしもべとなる決意をする」ことを勧めておられる。
  • 主のことばを信じよう。