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2021年3月28日 主日礼拝
1.人々に見捨てられたキリスト
- 民の長老たちに見捨てられた:イエスを死刑と定めローマ総督ピラトに訴えた
- 民衆に見捨てられた:ピラトが、イエスとバラバと、どちらを釈放するかと問いかけられ「バラバ」と答え、イエスは十字架につけろと叫んだ。
- 総督ピラトに見捨てられた:イエスの無罪を確信しつつ、暴動を避けるために、イエスを十字架による死刑にした。
- 処刑においても、人々にいじめられた:兵士による侮辱、通りかかった人々のあざけり、いっしょに十字架刑を受ける犯罪人たちからもあざけり。
2.心を痛める人々もいた
- ユダ:金を返そうとした。
- ピラトの妻:ピラトに忠言した。
- ピラト:イエスを釈放しようとはした。
- 百人隊長:自分が処刑を担当したイエスを「神の子」と呼んだ。
- 弟子の女たち:最後まで見守った。
- アリマタヤのヨセフ:イエスを埋葬した。
- なのにどうして父なる神はイエスを見捨てたのか?
3.父に見捨てられたキリスト
- イエスは「我が神、どうして私をお見捨てになったのですか」と叫んだ。
- このことばは、詩篇22篇1節。詩篇22篇は、主イエスの十字架の苦しみを、的確に表しているキリスト預言。主イエスより千年くらい前に記された。7-8節ではイエスをあざけることば。
- 11-17節では苦しみの様子。
- 18節では着物をくじびきにされること。
- この時、昼なのに闇になった。(45) それは、おそらく父が御子を見捨てた故。主イエスはすべての罪を引き受ける刑罰を受けているので、死ななければ、処罰が終わらない。父は見捨てなければならなかった。
- 主イエスにとって、父に見捨てられる以上の苦しみはなかった。それは、真の意味での死。完全な意味での死刑になるために見捨てた。私たちを救うために見捨てたのだった。
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