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礼拝メッセージ(2014年12月)

今月のみことば
御救いはあなたが万民の前に 備えられたもので、 異邦人を照らす啓示の光、 御民イスラエルの光栄です。(ルカ 2:31-32)



2014年12月28日

國分広士牧師
聖書箇所:箴言 1章7節〜9節
宣教題:「主を恐れること」
國分牧師

1.「主」とは

なぜ「主を恐れる」ことが知識の初めなのか? そもそも「主」とはどういう方なのか? 創世記1:1には主が全世界の創造者であると記されている。申命記6:4には、主が唯一の神であることが記されている。ルカ1:37には神が全能者であることが記されている。レビ11:44には聖なる方だと記されている。そしてTヨハネ4:7には愛だと記されている。真に恐れ多い方が主なのだ。この方こそが、全ての基準なのである。

2.愚か者

愚か者は自分は正しいと思う(箴言12:15)。だから知恵と訓戒を聞いても、自分のほうが正しいと感じてしまう。自分より正しい方、強い方、聖い方、知恵ある方、愛のある方を知らないと、自分が一番だと思うしかないのだ。自分の罪や、愛のなさを指摘されても、お互い様だと開き直ってしまうのだ。

3.父母の教え

人は幼少期に父母のゆるしを得、父母に受け入れられている時、安心して生きる事ができることを学ぶ。幼子に取って親は神のような存在なのであり、人は神を必要としていることを子は学ぶ。人間の親は不完全だが、神は完全でどこまでも絶対的に信頼できる。絶対的に信頼できる方を必要としていることを自覚し、主を恐れ従うことを決意しよう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 23分)


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2014年12月21日

國分広士牧師
聖書箇所:ルカの福音書 2章1節〜20節
宣教題:「すばらしい喜びの知らせ」
國分牧師

1.いる場所がない

当時のイスラエルはローマ帝国の属国。プライド高いユダヤ人には他国に支配されるのはつらい現実。造り主に背き、神の前を追われた人間には、真に心が休まる居場所はない。主イエスはご自分が救おうとしている人々と同じ苦しみを味わうため、居場所がないというわびしい生まれを経験された。

2.飼い葉桶に眠るみどりご

しかし飼い葉桶を寝床にしなければならないほどの極限状態をも、神は祝福として用いられる。もしもきちんとした家の中にいれば、夜中は戸締まりしているので、羊飼いたちが主イエスに会える可能性はない。「飼い葉おけ」だからこそ会うことができると思えた。悲しみは喜びに出会う準備に変えられたのだった。

3.行って見てこよう

天使に何を言われても、実際に会いに出ていくのは羊飼い自身。羊飼いは何よりも羊を大切にしている。番をしている羊をどうするか案じれば、身動きでいない。残すにしても連れていくにしても、かなり冒険。主イエスを信じる決断は冒険のよう。自分の知らない状況へと進みださなければならない。出ていったからこそ実際に主イエスに会うことができた。聞いても動き出さないならば、意味はない。主イエスを信じる歩みを始めよう。
機材不調のため音声録音できませんでした。申し訳ありません


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2014年12月14日

國分広士牧師
聖書箇所:ルカの福音書 2章22節〜38節
宣教題:「神の備えた救い」
國分牧師

1.聖霊のとどまる人シメオン

信仰深いシメオンは、キリスト(救い主)を見るまでは死なないと告げられていた。このような個人的な約束を神から受ける人は少ない。彼はここにしか登場しない無名の人物だが主は彼を高く評価していた。主が真に求めているのは、歴史に残るような業績を残すこと以上に、主ご自身と心が通じ合う者となることなのだ。

2.神の与える救い

シメオンは「御救いを見た」と語ったが、実際に彼が見たのは赤ん坊。なぜその赤ん坊が救いなのか?シメオンはマリヤに「剣があなたの心さえも刺し貫く」と預言しているので、主イエスの十字架の死を理解していたようだ。自分もあがないを必要とする罪人なのであり、この子こそが、自分の身代わりに死んでくださる方なのだと感激していたのだ。

3.あがないを待ち望む人々

そこに、もうひとりの老いた女預言者アンナも加わり、救い主の誕生を感謝し、救いを待ち望んでいる人々に伝えた。このような人々の存在は、私たちに励ましを与える。彼らはストーリーの中心人物ではないが、主を待ち望んで生きており、神も彼らのことを覚えていて、大切なことはちゃんとわかるように導いてくださった。私たちも歴史に名を残す大人物でないかもしれないが、主を愛し、主の救いをあかしする者になりたい。
音声を聞く(MP3 64Kbps 21分)


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2014年12月7日

國分広士牧師
聖書箇所:マタイの福音書 1章1節〜25節
宣教題:「主イエスの系図」
國分牧師

1.アブラハムの子孫

主イエスはアブラハムの子孫。それを証明するのが系図。系図をたどると、神がいかにして救い主を与えるという約束を成就したかがわかる。アブラハムの生涯には色々な出来事があったが、彼の存在の一番大切な意味は「イサクが生まれ」ということであった。バトンを渡すように主の救いの約束を次世代に伝えるのが彼の存在の一番大切な目的だった。

2.〜によって生まれ

この系図をよく見るといろいろな特徴がある。旧約聖書の有名人モーセやエリヤは系図に名がなく、反対にこんな人物がと思うような名が出てくる。特に、通常は女性は系図に記さないのに、4人も女性が登場する。一人目のラハブはエリコの遊女だった。ルツはモアブ人だった。極めつけは「ウリヤの妻」で、ダビデの不倫の罪を暴露する。救い主はいわくつきの家系から誕生したのだ。人間の「良さ」が結実したのではなく、神の恵みの賜物なのだ。

3.マリヤの夫ヨセフ

この系図はヨセフにつながる。しかし実は主イエスはヨセフの実の子ではない。なぜ主イエスがヨセフの子なのかは18節以降に記されるが、ヨセフが夢を信じなければ、この系図は主イエスにつながらなかった。一人の決断が主の計画全体を左右したことを思うと、私たちが神を信じようかどうしようかと悩む決断も小さいこととは言えない。神のみわざはそうした小さな信仰の決断によって実現されるのだ。
音声を聞く(MP3 64Kbps 25分)


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