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礼拝メッセージ(2014年9月)

今月のみことば
主はアブラムに仰せられた。 「あなたは、あなたの生まれ故郷、  あなたの父の家を出て、  わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記12:1)



2014年9月28日

國分広士牧師
聖書箇所:使徒の働き 4章23節〜35節
宣教題:「心と思いを一つにする」
國分牧師

1.罪の世の脅かし

主イエスを十字架につけた祭司長たちは、弟子たちの宣教も妨害し、弟子たちを脅かした。主の救いとは罪からの救い。罪に陥らせようとする悪魔の力は、救いのみわざを妨害し、主イエスを攻撃し、次には弟子たちを攻撃する。主の救いの計画に従う者は必ず脅かされる。かつて日本の教会も同じように脅かしを受けた。

2.神のことばを語る教会

脅かしを受けた弟子たちは集まり、みことばを大胆に語らせてくださいと、心をあわせて祈った。その答えとして、彼らは聖霊に満たされ、励ましを受けた。そして確信を得て、大胆にみことばを語った。脅かされたとき、日本の教会は祈りに専念しただろうか。心をあわせて祈るという点で、反省は大きい。祈りの一致がなければ脅かしに対抗できない。

3.心と思いをひとつにする教会

共通の祈りは、他の面でも祝福をもたらした。信者相互の愛が増し、生活面でも助け合い、誰も乏しい者がないほどだった。しかしこれはあくまで副産物であって主目的ではない。迫害に屈しないで、みことばを伝えたいという願いこそ主目的。主にある一致をいただいているか振り返り、正しい願いをもって進もう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 22分)


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2014年9月21日

國分広士牧師
聖書箇所:ルカの福音書 9章28節〜36節
宣教題:「信仰の先達」
國分牧師

1.過去の人々と語る

神のみ子であるイエス様は、いつもは隠しておられた栄光を輝かせた。しかも栄光の中に旧約の偉人であるモーセとエリヤも現れた。初めて見る二人が誰かを理解できたのは、神の栄光の中では特別な理解力が与えられるからだろう。モーセとエリヤは過去の人なのに、確かに生きており話している。この地上でのいのちが尽きても、人の霊は生きている。

2.最期について話し合う

三人の話題は「主イエスの最期」について。モーセやエリヤが預言していた救いの成就として、主は地上に生まれた。彼らは天国からずっと、主イエスによる預言の成就のありさまを見ていたのだろう。そしていよいよ救いのみわざのクライマックスとして、罪の贖いとして死なれる時が近づき、試合中の選手を励ますセコンドのように彼らは主を励ました。

3.「彼の言うことを聞きなさい」

モーセたちとずっと共にいたい弟子たちに彼(主イエス)の言うことを聞くようにとのことばがあった。栄光のすばらしさや過去の人々に会えたことよりも大切なのは、今、自分に語りかける主のことばを聞くことである。私たちにも、もう一度会いたい過去の人々がいるが、聖書に記された主のことばが与えられているので、より大切な主のことばを学ぼう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 25分)


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2014年9月14日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 12章10節〜20節
宣教題:「主に守られる信仰者」
國分牧師

1.エジプトに逃れる

来たばかりのカナンの地が飢饉になり、アブラムはエジプトに逃れた。エジプトは枯れない大河ナイルによっていつも潤っていた。アブラムもユーフラテス川という大河に依存する人生を歩んで来た。カナンには大河がなく、アブラムは主に頼らずに、ナイルにすがったのだ。

2.計算外の危機

エジプトでは水や食料には困らなかったが、エジプト王に妻を奪われそうになるという危機に直面した。しかもそれは妻に妹だと言わせるごまかしの結果であり、なんともそそまつ。聖書は偉大な信仰の先達の模範的な姿だけでなく、愚かさや弱さも隠さずに描き出す。それによって私たちは真に頼るべき方は人間ではないことを教えられる。決定的なのは、目標に向かって自分の足で歩き始めること。アブラムは全財産を携え出発した。もう帰らない覚悟が見える。

3.主の介入

主はエジプト王に災害を下した。このことから、エジプト王はアブラムの偽りを知り、責めた。しかし実害は加えず、一行を所有物とともに国外退去にした。結果的には、アブラムはききんの期間、エジプトで過ごし、無事にカナンに戻ったのだから、主に守られたと言える。しかし、結果オーライだから良かったのではない。教訓として深く学び、次の危機の時には主のみこころを求めてこそ、真に意義がある。
音声を聞く(MP3 64Kbps 25分)


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2014年9月7日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 12章1節〜9節
宣教題:「主の祝福を受ける信仰」
國分牧師

1.主の祝福

1-3節には、三つの約束がある。第一は子孫の繁栄。アブラハムは今も多くの子孫から尊敬を集める。第二は彼自身が守られる。危険も災いもあるが確かに彼の歩みは守られた。第三は全人類の祝福。私たちは第一第二の祝福を求めるが、神は第三の約束こそ真に与えたいと思っていた。この約束はアブラハムの子孫として主イエスがお生まれになる事によって実現した。

2.祝福を信じて出発した

祝福を自分のものにするためには出発しなくてはならない。コマーシャルで商品の良さを知っても、手に入れなくてはそれを実感する事はできない。決定的なのは、目標に向かって自分の足で歩き始めること。アブラムは全財産を携え出発した。もう帰らない覚悟が見える。

3.約束の地で祭壇を築き祈る

約束の地カナンは理想的な土地ではなかった。先住のカナン人がおり、大勢で住むのに適した地は容易に見つからずに転々とする。それでも、アブラムはその地で主の祭壇を築き、主の御名で祈った。困難の中にいてこそ、祈りは真剣になる。また、転々としてこそ、カナンの地の全体像がよく見えてくる。主の約束は実現し始めており、信じ従い続ける者は、やがてその実現を実感する。信じて祝福を得よう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 26分)


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