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礼拝メッセージ(2014年8月)

今月のみことば
さあ、わたしはわたしの契約を立てよう。 あなたがたと、そしてあなたがたの 後の子孫と。(創世記9:9)



2014年8月31日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 11章27節〜12章3節
宣教題:「主の計画に従う信仰」
國分牧師

1.「ウル」から「カナン」へ

ウルはチグリス・ユーフラテス川の河口近くに位置する古代都市。当時の世界では最も文化の進んだ町の一つ。カナンはメソポタミヤからエジプトに向かう途上に位置する地方で、交通の要衝ではあるが、ウルから見れば田舎。一族をあげての移住は、アブラムに与えられた神の啓示によるものだった。(使徒7:2-3)

2.「ハラン」に住み着く

ハランはメソポタミヤ北部の古代都市。やはり高い文明が築かれた地。ウルからカナンへの旅のちょうど中間地点で、ここから先はメソポタミヤの文化圏からは外れる。一行はここで移住の旅を中断し、住み着いてしまう。志半ばでの中断。しかし、半分は神に従ったという自負心も生まれる程度の行動であった。私達にも中途半端な自負心がないだろうか。

3.神の示す地は「カナン」

神は半分従うだけでは満足されない。再度アブラムに「わたしの示す地へ行きなさい」と命じられた。同じ事は私達にも語られている。私達は自分なりに神に従っているかもしれないが、神の求めるのは、神ご自身のたてた計画に従うかどうか。自分が気に入った部分だけ従うのは、ハランに住み着いた人々と同じ。最後まで従う者になろう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 32分)


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2014年8月24日

國分広士牧師
聖書箇所:ヨハネの手紙第一 1章5〜10節
宣教題:「もし罪を言い表すなら」
國分牧師

1.私たちの5つの「もし」

聖書は同じ言葉を繰り返す事で意味を強調している。今日学ぶテキストで繰り返されているのは「私たち」「もし」「罪」「光」「真理」。6-10節には各節に「もし」がある。もし私たちがこうだったら…と考えを巡らしている。偶数節のもしは否定的な可能性を考えているが、奇数節のもしは肯定的な可能性を考えている。

2.否定的な「もし」

偶数節の「もし」は罪を認めないという可能性。自分は人と比べてそれほど悪い人間ではない。むしろましなほうだと、誰もが思う。しかし、それは比較の対象が同じように罪深い人間だからにすぎない。光のようにきよい神に心を照らされるなら、私たちは罪深さを自覚させられる。

3.肯定的な「もし」

私たちは神のきよさにあこがれるが、罪深い行いを繰り返してしまい、きよさを身につける事ができない。その私たちにできることは、「自分の罪を言い表す」こと。神はその告白を受け入れてくださる。そして、主イエスがすでに罪人の身代わりとして十字架で死なれた故に、罪を赦してきよめてくださる。自分で罪を消す事はできないが、告白する事はできる。神に自分の罪を告白しよう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 23分)


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2014年8月17日

リチャード・ブラッシュ師
聖書箇所:ルカの福音書 16章19節〜31節
宣教題:「クリスチャンの終活」

詩篇116篇15節:「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」自分の死のため、どのような備えをすべきだろうか。私たちがしなければならない「終活」について考えたい。

1.

「大きな淵」を覚えて、死んでから天に行けることを確認しよう。クリスチャンの死後の行き先はイエス・キリストご自身にかかっている。ただただ、イエス・キリストにあって、恵みのゆえに、信仰によって救われる。

2.

朽ちていく物のために生きるのは愚かだ。お金や財産をいっぱい持っていなくても、私たちの心は朽ちていく物のために生き、また富に仕えがち。私たちは、何のために生きているのか。ラザロのような隣人を無視して生きていないか。30節:「悔い改め」が必要。

3.

人家族や知り合いの方に救いを伝える大切さ。私たちに福音を伝えてくれた人たち、私たちのために祈ってくれた人たちは(もし彼等が既に召されているならば)、私たちが死ぬときに永遠の住まいで私たちを待っている。大きな喜びを持って、彼等は永遠の住まいに迎えてくれる。私たちから福音を聞いて信じた人たちもそうだ。その喜びをおぼえて伝道に励む。

結論

たとえ話の金持ちを、反面教師として教わろう。神様は、ラザロと同じように、クリスチャンの名前を決してお忘れにならない。イエス・キリストにあって、永遠の喜びを約束しておられる。
音声を聞く(MP3 64Kbps 30分)


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2014年8月10日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 11章1節〜9節
宣教題:「全地に及ぶ計画」
國分牧師

1.全地に

ノアの洪水以後、人類はどんどん増え広がる。神は「生めよ。増えよ。地を満たせ。」と言われた。ところが、神の計画に逆行する思想が生まれ、全地に増え広がるのでなく、散らされないように一箇所にとどまろうとした。その思想の象徴として、彼らは高い塔を建設し始めた。

2.ことばを乱す

主は人間が神の意思を無視して暴走していることを考察し、言語が一つであることに問題点を見いだした。ある強い意志を持つ人間が他の人間を操作するのに、ことばを用いたからである。そこで主がことばを乱して互いに意思の疎通ができなくなった時、人々は一致できなくなり、一カ所にとどまるのでなく、神のみこころ通り全地に散って行った。

3.人を用いる神の計画

人間は散らされる事を嫌ったが、神はむしろ散らされた。神は
全地に人間が住む事を計画され実現した。どんな所にも神の計画があり、それに用いられる人間がいる。一極集中だと少数の人々しか注目されず、個々人が自分の意味を見失いやすいが、散らばった各地においては、個々の存在が大切になる。自分に与えられた神の計画を発見し、それを喜ぼう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 17分)


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2014年8月3日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 9章1節〜17節
宣教題:「神の契約」
國分牧師

1.神の祝福

神の祝福によって、いのちは子孫を増やすエネルギーを与えられている。生命が生きる目的は子孫を増やすこと。子孫を生み出せなくなったときその種は絶滅する。温暖化で環境が激変する今も、神の祝福が与えられていることを、見失ってはならない。

2.いのちの尊さ

神は人の「いのちにはいのちを要求する。」神は人を神のかたちにお造りになったから。肉食をする時にも、いのちの象徴である血を絞り地に帰すことで、いのちは神にささげますと、いのちを尊ぶ姿勢を示すよう教えられた。特に人は神のかたちであるゆえに、人が殺されるなら代償に人のいのちが要求される。この要求は主の十字架で全うされた。

3.神の一方的な契約

人間同士の契約は、互いの誠意を信じて結ばれる。しかし神の契約は、絶対に裏切らない神の一方的な誠意によって結ばれる。だから動物にすら、神は誠意を持って誓われる。誓いのしるしが虹。神は忘れないが、人が思い出すために与えられた。神の約束を信じよう。
音声を聞く(MP3 64Kbps 15分)


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