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礼拝メッセージ(2014年2月)

今月のみことば
初めに、神が天と地を創造した。(創世記1:1)



2014年2月23日

國分広士牧師
聖書箇所:ヨハネの福音書 4章13〜14節
宣教題:「心の内に湧く泉」
國分牧師

1.また乾きます

乾燥地のパレスチナでは水が貴重。乾燥地では、無意識のうちに体内の水分が失われるので、水分摂取を頻繁にする必要がある。飲んでも飲んでもすぐに乾く。水なしには生きられない地域での井戸水は人々の生命線である。その大切な水を前にして、主は「飲んでもまた乾く」と、物質的な祝福の限界を指摘された。真に大切なのは物質的な祝福ではない。

2.乾くことがない

私たちの肉体のいのちは常に水を補給し続けなくてはならない。それなのに、結局はいつか朽ちる。しかし「永遠のいのち」は朽ちないし乾く事もない。主イエスは、私たちが真に求めるべきなのは、また乾く水なのか、それとも乾かない水なのかを問われる。すなわち、あくまで地上における祝福を求めるのか、天の御国に至る永遠の命という祝福を求めるのかと。

3.わたしが与える

永遠のいのちは主イエスによって与えられる。主イエスは地上から天を見上げる私たちとは違い、天の御国からこの地上に来られた。実は、私たちは罪深いので、いつも自分の罪で魂が乾いている。私たちの罪を赦し、魂の乾きを癒してくださるのは主イエス。主イエスは自らいけにえとなって、罪の贖ってくださった。この方に永遠のいのちへの水をいただこう。

音声を聞く(MP3 64Kbps 12分)


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2014年2月16日

吉田鋼志師
聖書箇所:ペテロの手紙第一 1章22〜2章3節
宣教題:「たましいの糧」

1.みことばによる新生

私たちは主イエス・キリストを受け入れて神の子とされました。神の子とされた、ということはどのように分かるのでしょうか。それは神様のみことばによって知ることが出来ます。聖書は神様の約束なので、そこに書いてあることに間違いはありません。そして同じ父を持つ私たちは、兄弟姉妹になりました。そして神様は私たちが互いに愛し合うように望んでおられます。

2.クリスチャンの成長を妨げるもの

神様はご自分の子供たちが神様の愛のうちに、成長することを望んでおられます。ですから、まず、成長を妨げるものから離れ、それらの物(悪意、ごまかし、偽善、ねたみ、悪口)を捨てるように命じておられます。これらは神の子たちに食べさせようと、悪魔が、悪魔の台所で作っているものだからです。ように知恵や力を人間に与えているが、与えられた知恵や力だということを忘れず、神の目的のために用いよう。

3.クリスチャンの成長を促すもの

神様は神様の台所から、おいしい食事を出してくださいます。それは聖書のみことば、霊のミルクです。ミルクは赤ちゃんを成長させると同時に、様々な働きがあります。赤ちゃんにとっては、精神安定剤、精力回復剤、解毒剤の働きもします。聖書は私たちに平安を与え、希望と力を与え、この世の罪から私たちを守る解毒剤の働きもします。日々みことばを読み、養われ、また、互いにみことばによって励まし合いましょう。

音声を聞く(MP3 64Kbps 34分)


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2014年2月9日

丸山告スタッフ
聖書箇所:ルカの福音書 24章13〜35節
宣教題:「目が開かれなければ」

 


イエス様の弟子 2人が歩いているシーンです。クレオパともう一人の弟子は、復活したイエスさま本人と合流します。でも、なぜか不思議なことに、この2人はその人がイエス様だとわからない。本人を目の前にしているのに、そしてその本人の話をしているのに気がつかない。こんな状況があるでしょうか?これは私たちの本来の姿なのです。
 16節「しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとわからなかった。」理由はこれです。目が遮られていた。
この箇所で語られていて、 聖書全体が語っているひとつの事実は「神は共におられる」ということです。なぜそれを感じないかというと、私達の目が遮られているからです。
 遮られる理由を2つ挙げます。
1:イエス様に対して勝手に間違った解釈をして期待している。
2:イエス様が過去の人になっている場合。
 この状態は、神が共におられてもそれを感じる事が出来ません。彼らが主イエス・キリストに気付いたのは、主ご自身がパンをさかれた時でした。十字架を想起したときに、目が開かれたのです。
 私達の歩みにおいて、イエス様の十字架だけは外せません。
 そこには犠牲を伴ったからです。価値のない私達のために、神様が御子であるイエスさまを捧げてくださったからです。
私たちの目がいつも十字架へと向けられ、十字架を信仰の中心として歩んでいきましょう。

音声を聞く(MP3 64Kbps 39分)


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2014年2月2日

國分広士牧師
聖書箇所:創世記 1章26〜31節
宣教題:「神のかたち」
國分牧師

1.人間の原型は神(26-27)

神は全てのものを造られ、私たち人間を造られた。人間の創造で特に大切なのは「神のかたち」に造られたこと。すなわち神は私たち人間の原型。「人間らしさ」や「自分らしさ」を知りたいと願うなら、人間や自分を観察するだけでは不十分であり、人間の原型である神を知らなくてはならない。また神が人間に与えた使命を知る必要もある。

2.被造物を支配する者(28)

神は人間を、他の被造物を支配する者として創造された。真の支配は神ご自身のわざ。神のしもべとして、人は神のみこころを理解して喜び、神が望まれる支配を進んでするようにとの期待を受けている。神は使命を果たせるように知恵や力を人間に与えているが、与えられた知恵や力だということを忘れず、神の目的のために用いよう。

3.非常に良かった(31)

神はご自分の造られた全てを見られた。すなわち、創造はここで終了した。被造物は非常に良かった。私たちが願うのは、この非常に良い状態。罪に満ちた地上には理想的状態はもはやないが、願うべき・求めるべき状態は、「少し良い」でも「まだまし」でもなく、「非常に良い」である。でなければ罪深さを許容して悔い改めなくなる。神の聖さを求めよう。

音声を聞く(MP3 64Kbps 29分)


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