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キリスト教よもやま話

毎週の週報に掲載中の「キリスト教よもやま話」です。
従来の「一口聖書基礎知識」に交互に(その日のメッセージに応じて)、新しい切り口でキリスト教にかかわるいろいろな記事を記載します。
(一部、聖書基礎知識コーナーからよもやまぽいアイテムをこちらに移動しました。)

2010/08/01 受洗と授洗
2010/07/25 洗礼式
2010/02/28 教会総会
2010/01/31 進化論と創造の記事
2010/01/24 福岡宣教
2010/01/10 礼拝式順について
2010/01/03 祈りの形式について
2009/11/01 聖書を調べる
2009/10/11 ウィクリフ
2009/09/27 中野島キリスト教会の創立
2009/09/20 召天
2009/08/16 ペテロとユダの違い
2009/06/07 聖書通読中断の理由
2009/03/22 「人の子」
2009/03/15 詩「サムエル。サムエル」
2009/01/18 宗教多元論
2009/01/11 北海道聖書学院書
2008/10/12 ウィクリフ
2008/09/28 教会創立
2007/12/09 献児式(けんじしき)
2007/12/02 アドベント(待降節)
2007/09/30 教会創立
2007/08/26 信仰告白と自己暗示の違い
2007/08/19 信仰とマインドコントロールの違い
2007/08/12 異端
2007/08/05 礼拝の服装
2007/07/29 バイブルキャンプ
2007/07/22 転入会式
2007/07/15 献児式(けんじしき)
2007/07/01 日本福音キリスト教会連合(JECA)
2007/06/17 父の日
2007/06/10 教会論
2007/06/03 キリスト教葬儀
2007/05/13 国際ギデオン協会
2007/04/15 奥多摩福音の家
2007/03/11 戒規
2007/03/04 葬儀
2007/02/11 信教の自由を守る日
2007/02/04 役員会
2006/11/26 教会総会
2006/11/05 信徒・信徒会
2006/10/29 こども祝福礼拝
2006/10/22 教会学校
2006/10/15 席上献金・月定献金・目的献金・カンパ
2006/10/08 各会
2006/10/01 教会創立
2006/09/03 みことばの光
2006/08/27 ワーシップ・ソング
受洗(じゅせん)と授洗(じゅせん)
洗礼を受けることを指して「受洗」という言い方をよくします。
これとまぎらわしい言い方が、教会あるいは牧師が求道者に洗礼を授けるという意味で「授洗」と言う言い方です。
どちらも「じゅせん」と読むので混乱しやすいですね。


洗礼式
主イエスを自分の罪の救い主と信じた者が受ける儀式。バプテスマとも言う。
方法としては、全身を水に浸す「全浸礼」と、水を頭に注ぐ「滴礼」の二種類がある。教会によってはどちらか一方の形式しか認めないところもあるが、当教会ではどちらも行う。全浸礼を原則にしているが、体調など事情がある場合は、滴礼で行い、方法は違っても意味は同等であると考えている。


教会総会
Jキリスト教会の主な政治方法としては、監督政治、長老政治、会衆政治の三種類がある。
一人の監督が絶対的権威を持つのが監督政治。
複数の長老会議が最高決議機関なのが長老政治。
教会員全員の教会総会が最高決議機関なのが会衆政治。

当教会は会衆政治。教会総会は、役員会よりも重い権限を持ち、牧師もその決定には従わなくてはならない。教会員であるということは、恵みであると同時に、教会の歩みを左右する一票を持つという責任を任されていることでもある。


進化論と創造の記事
Jダーウィンの生物進化論が広まって以来、聖書の創造の記事と矛盾するのではという疑問が生じ、キリスト者の中でもさまざまな解釈が行われてきた。
代表例は、
 A.生物進化を全面否定 
 B.「種類に従って」という記述から、生物種を超える進化を否定 
 C.進化という手段で種類を創造した:進化論と聖書を両方とも認める。 
米国では現在もA,Bの立場が強いが、最近、Cを唱える有力な学者も登場している。(「ゲノムと聖書」コリンズ著)


福岡宣教
JECAの教会がない拠点都市に開拓伝道をしようという願いから、初めて具体的に宣教計画が具体化したのが、福岡の開拓伝道。宣教協力委員会が候補地を決め、従事する伝道者を求めたが、与えられない期間がしばらく続き実現が危ぶまれたが、大阪の福音交友会という教団で長年よき牧会をされた井之上師が立候補された。井之上師は昨年から全国のJECA諸教会を訪問して、アピールをしてきた。4月から礼拝開始の予定。教会名は「福岡聖書教会」。


礼拝式順について
形式を重んじるカトリックや、プロテスタントでも長い伝統のある教会では、礼拝の式順にも決まりがる。しかし、あまり伝統に縛られていないプロテスタント教会では決まりがないので、様々な式順で礼拝が行われている。今年から変更した式順は生田丘の上教会を参考にし、神と人とが交わる場としての礼拝にふさわしい流れを表現する順番を考案した。これが絶対ということではないが、しばらくはこの式順を続けてみる予定。


祈りの形式について
カトリックは祈祷文を用いるが、プロテスタントは自由なことばで祈る。(主の祈りのみ祈祷文として用いる)
それでも祈る時には次の四つのポイントを大切にしている。
@主への呼びかけ。「天のお父様」「父なる神様」「主よ」など。
A賛美、感謝、告白、願いなどを自分のことばで語る。
B主の名によって。最後に「イエス様の名前によって祈ります」と言い、
C「アーメン」と自身も心をあわせる者も応じる。(同意を表すヘブル語。)


聖書を調べる
現代と違い、1世紀の人々が聖書を調べるのは手間がかかった。まず、書物が高価で個人で聖書を持てないので、会堂に集まらなければならない。次に巻物は読みたい箇所を開くのに時間がかかる。また、章節の番号もついていなかったので、めざす箇所を特定するのには前後をよく読まないと「ここに書いてある」と言うことができない。真の熱意がなければ、それだけの努力を傾けることはできないだろう。


ウィクリフ
誰もが聖書を母語で読めるように、小数民族のことばなどに翻訳を進めている国際的な団体。団体名の由来であるJohn Wycliffe (1320頃-1384年)は、聖書をはじめて英語に翻訳したオックスフォード大学の教授。
最初、旧約聖書はヘブル語、新約聖書はギリシャ語で書かれたので、それぞれの言語に翻訳される必要がある。古代にも多くの翻訳がなされたが、中世カトリックはラテン語訳のみの使用を命じた。その時代に英語に聖書を翻訳したため、死後カトリック教会から異端とされた。


中野島キリスト教会の創立
当教会の宣教活動は1951年から始まります。当時この地に住んでいたクリスチャン実業家の長谷川周治兄姉の屋敷が、ドイツ・リーベンゼラ宣教団のオット・モジマン宣教師の住まいとなったのです。その年の十月から中野島での集会が始まり、翌1952年9月28日、第一回の洗礼式が多摩川で執り行われました。故工藤長老、故阿部すぎ姉ら、最初の教会員が与えられたこの日が、教会創立の日と定められました。今年で57周年となりました。


召天
神のみもとへと召していただくという意味で「昇天」でなく「召天」と書くようにしている。
キリストを信じて罪を赦された人は、永遠の住まいである天に入れていただく。私たちは死後の恵みより現在の祝福を求めやすいが、現在とは過ぎ去る一瞬にすぎないので、祝福も瞬間的であるのに対し、永遠の天の恵みは、永続的で完全な救いの場。本日の聖書箇所のアベルやエノクのように、真の恵みをいただく者になろう。


ペテロとユダの違い
ペテロもユダもイエス様を裏切った点では同罪だが、両者には大きな違いもある。
ユダは金欲しさにイエス様を売ったが、イエス様が十字架刑になると知り、後悔してその金を返し、自らの罪を自分で罰して自殺した。
ペテロはイエス様を知らないと激しく三度も言い、後悔して激しく泣いた。しかし自殺はしなかった。自分で自分を罰するのは、主の望むことではない。裁きは主に委ねて悔い改めることを望まれるのである。


聖書通読中断の理由
「ここまではがんばろう」と思うかぎり、人はがんばれるが、その小さな目標が達成した後が問題。聖書通読が中断しやすいのは、実は「ここまでは読もう」という中間目標が達成したときではないか。通読のスタート自体が最初の大きな目標だった人は、三日間で疲れ切ってしまうのかもしれない。聖書通読を続けるには、「中断しても再開する」という覚悟が必要。一日でもくじけた自分を赦さないという姿勢は、キリストの赦しの教えより、儒教的な潔癖主義に近い。


詩「サムエル。サムエル」
眠る少年のかたわらに立つお方がいる。
少年を見るそのまなざしには、 彼に寄せる愛と期待が満ちている。
この少年はイスラエルを救う者となるのだ。
それは長く険しい道のりだが、 少年が必ずやり遂げることを、 このお方は知っておられる。
『わたしは、わたしを尊ぶ者を尊ぶ。』
そうだ、少年は尊いことに用いられる器なのだ。
この乱れた世にあって、純粋な信仰を持つ、 彼のような人物のかたわらに、このお方はいつも立っておられる。
『サムエル、サムエル。』 目覚めよ、少年。 起きよ、主の戦士!
この困難な時代は、君の手によって切り開かれていくのだ。
(國分広士作 1986年)


宗教多元論
どの宗教にも価値があるので、宗教同士は互いを否定するのではなく、共通のよい目的を実現するために協調するべきだという考え。宗教間の争いが激化している現代、このような主張が強くなされている。平和を求める点ではこの意見を評価するべきだが、他宗教の価値を認めることは、キリストだけが真の救いを与えるという信仰を危うくするので、非常に注意を払わなくてはならない。実は宗教多元論を後押ししているのは、無神論的な哲学でることを見落としてはならない。


北海道聖書学院書
北海道聖書学院は特定の教派や教団には属さず、聖書を誤りのない神のことばであると信じる、聖書の福音的理解に立つ諸団体や諸教会と協力し、働き人の訓練と教育を行っています。
現在までに、約130名が卒業し、日本全国また世界中で、主のわざに励んでいます。
開校当初は、中国奥地で伝道していた、ハドソン・テーラーで有名な「国際福音宣教会」(OMF)の援助で運営されていましたが、その後、日本の諸教会の祈りと献金によって支えられるようになりました。
北海道聖書学院のホームページ


ウィクリフ
誰もが聖書を母語で読めるように、小数民族のことばなどに翻訳を進めている国際的な団体。
団体名の由来であるJohn Wycliffe (1320頃-1384年)は、聖書をはじめて英語に翻訳したオックスフォード大学の教授。
聖書は元々旧約はヘブル語、新約はギリシャ語で書かれているので、それぞれの言語に翻訳される必要がある。古代にも多くの翻訳がなされたが、中世カトリックはラテン語訳のみの使用を命じた。その時代に英語に聖書を翻訳したため、死後カトリック教会から異端とされた。


教会創立
当教会の宣教活動は1951年から始まります。当時この地に住んでいたクリスチャン実業家の長谷川周治兄姉は、同盟・登戸教会で知り合ったドイツ・リーベンゼラ宣教団のオット・モジマン宣教師が住まいを探していたので、自宅を宣教師館に提供したのです。その年の十月から中野島での集会が始まり、翌1952年9月28日、第一回の洗礼式が多摩川で執り行われました。故工藤長老、故阿部すぎ姉ら、最初の教会員が与えられたこの日が、教会創立の日と定められました。


献児式(けんじしき)
出エジプト13:2で主が命じた「初子は神のものとしてささげよ」という教えに基づく。親は生まれたこどもを神にささげ、さらに神から親に養育の命令を与えていただき、改めてその子を自分たちの子として神からいただくという意味の式である。親子は血縁だけでなく、神に与えられた使命によって、より固く結ばれるのである。やがて子が成長した時、親が神からの使命として自分を育てた事を知り、父母を尊敬し、神をあがめることとなる。


アドベント(待降節)
クリスマス前の4週間を、主の降誕を待ち望むという意味でアドベント(到来という意味)と言う。
アドベントには初臨(神であるお方がマリヤから赤子として生まれることで世に臨まれたこと)のキリストだけでなく、再臨(世の審判者として再び世に臨まれること)のキリストを待ち望むという意味もある。神はもっともふさわしい時にキリストを遣わしてくださる。恐れるのではなく、主の最善のみわざがなされることを信じ期待して、主を待ち望もう。


教会創立
当教会の宣教活動は1951年から始まります。当時この地に住んでいたクリスチャン実業家の長谷川周治兄姉は、ドイツ・リーベンゼラ宣教団のオット・モジマン宣教師が住まいを探していたので、自宅を宣教師館に提供したのです。その年の十月から集会が始まり、翌1952年9月28日、第一回の洗礼式が多摩川で執り行われました。故工藤長老、故阿部すぎ姉ら、最初の教会員が与えられたこの日が、教会創立の日と定められました。


信仰告白と自己暗示の違い
マインドコントロールでよく使われる手法として、自己暗示がある。自分で自分に言い聞かせることによって、その気にさせるのである。その内容が確かなことなら励ましになるが、誤りを正しいと思い込むのは危険。自己暗示とならないよう、信仰告白においては、その信仰が本当に正しい信頼できるものなのかを何度でも確かめることが必要である。


信仰とマインドコントロールの違い
マインドコントロールとは、人間の心理状態を操作するさまざまな手法を用い、本来その人が持つはずのない思想信条を、そうだと思わせるテクニック。これを用いる新興宗教や自己啓発セミナーのような団体では、緻密なマニュアルに従って集中的に人を教育訓練する。正しい信仰はその人自身の自由な決定によらねばならない。


異端
キリスト教のような装いをしながら、正統的キリスト教信仰からはずれた宗教を異端と言う。
初期キリスト教会でも多くの異端が現れては消えていったたが、今日も多くの異端が活発。最もその活動がよく知られているのは「ものみの塔(エホバの証人)」。彼らは聖書を学ぶときに必ずものみの塔の指導書を一緒に開き、聖書だけから学ぶことが禁じられている。


礼拝の服装
夏季は牧師も上着を着ずに講壇に立つが、礼拝における服装規定を聖書から論じることは難しい。
旧約時代の祭司には服装規定があったが、新約以後はそれを当てはめることはできない。女性は頭にかぶりものをつけるようにという教えはあり、それを実行している教会もあるが、そのケースも規定とまで言えない習慣的な事柄。
品位を失わない程度の服装であれば良いというのが一般的な考え方。


バイブルキャンプ
近年、プロテスタント諸教会が積極的に行ってきた、泊り込みで聖書を学ぶ活動。
キャンプといっても、通常はテントやバンガローでなく「奥多摩福音の家」などの、宿泊施設を用いる。特にこどものキャンプは小グループごとに大人のリーダーがつき、生活や信仰の指導に当たる。共にリクレーション等の活動をすることで友情を築くことも大きな意義。キャンプの祝福を祈ろう。


転入会式
教会員は自分の所属教会に教会籍がある。教会籍は教会総会での議決権などの権利・責任を生じる。しかし転居等の事情で出席教会が変わった場合、双方の教会の合意の上、教会籍を出席教会に移動させることができる。当教会では転入会志願者に対して役員会にて諮問を行い、可否を決定している。手続きとして転入会するだけでなく、親しい兄弟姉妹の交わりを築いていこう。


献児式(けんじしき)
出エジプト13:2で主が命じた「初子は神のものとしてささげよ」という教えに基づく。親は生まれたこどもを神にささげ、さらに神から親に養育の命令を与えていただき、改めてその子を自分たちの子として神からいただくという意味である。これにより、親子は血縁だけでなく、神に与えられた使命によって、より固く結ばれるのである。
当教会では洗礼を受けた方のみに聖餐を受けていただいていますが、見学は自由です。


日本福音キリスト教会連合(JECA)
当教会の所属する教会の連合。現在全国で177教会が加盟している。プロテスタントの諸教会は、信仰告白の違いや歴史的経緯によって、多くのグループに分かれているが、一致を願う思いを表現するため、15年前に信仰告白や歴史的経緯の似た4団体が合同して、JECAができた。隔年で全国総会を行っており、毎回単立教会等が新規加盟している。
詳しくはこちらを参照ください。
加盟教会リストはこちら(横浜キリスト福音教会へリンク)


父の日
母の日の始まった翌年の1909年にアメリカ・ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、男手一つで自分をそだててくれた父を記念して、父の誕生月の6月に父の日礼拝をしてもらったことが由来。1972年、アメリカ国民の祝日に制定された。(母の日は1908年アメリカ・ウェストバージニア州のアンナという少女が亡き母の追悼式を教会で開いたのが由来で1914年より米国民の祝日となった。)


教会論
聖書は様々な疑問に答える必要から教科書として作り上げた書物ではないので、「教会とは何か」という問いに答えるような項目が用意されているわけではない。それで、聖書全体を学び直し、教会について教えられている事を体系的にまとめる神学が「教会論」。しかし人によって聖書をどのような視点で見るのかは異なり、教会理解の差が出てしまうのも神学の限界である。


キリスト教葬儀
キリスト教葬儀は、いのちを造り支配する神をあがめる礼拝として行われる。故人を崇拝するような行為は故人を偶像視することにつながるので、できるだけ避ける。神の造られたいのちだからこそ、その終わりをいたみ、遺族と悲しみを共有する。同時に、主イエスを信じる者に永遠の命があることを告白し、故人の幸いを信じゆだね、天での再会の希望を保つ。


国際ギデオン協会
1899年設立。世界の181カ国において、聖書の配布・贈呈のためにクリスチャン・ビジネスマン及び専門職業人で組織された協会。→公式サイト
創立以来12億9000万冊をこえる旧新約聖書並びに新約聖書を、ホテル、旅館、病院、刑務所等に配布し、兵士(自衛官)、警察官、学生・生徒、ナース等に贈呈してきた。日本では1950年より3,200万冊以上を贈呈してきた。


奥多摩福音の家
1951年から開拓伝道をはじめたリーベンゼラミッションは救われた信徒の信仰成長、研鑚、交わりの場が必要との考えから、1965年、小河内ダム建設の際、管理者の宿舎および資材の保管場所だった施設を利用し、「奥多摩福音の家」を設けました。それ以来、信徒の信仰を養う聖会や若者や子どもたちへの宣教のためのキャンプが毎年行われています。
公式サイト



戒規
キリスト教会は愛によって互いを受け入れあうことを大切にしているが、愛だけに注目すると聖さが失われやすい。そこで教会を堕落から守るために執行されるのが戒規。明らかな罪の問題や、分裂を起こす者には聖餐を停止させ、それでも改善がなければ除名。しかし戒規執行後でも悔い改めは受け入れる。戒規はしすぎも全くしないのも教会を駄目にするので主の知恵が必要。


葬儀
キリスト教式葬儀は、供養によって故人の魂が成仏すると考え故人を仏として拝む日本の伝統的葬儀とは異なり、天地を造られた主への礼拝として行ないます。生命を造り、人生の歩みをも導かれる主を崇めるのです。また、故人を忍び、主が故人を通して与えてくださった恵みを思い起こして感謝をささげます。そして遺族の慰め励ましを祈り求め、御手にゆだねるのです。


信教の自由を守る日
毎年2/11は建国記念日ですが、これは神道の建国神話に基づき、日本を建国した神々の子孫が天皇であるという天皇支配の根拠を教える日ですので、キリスト教信仰とはなじみません。また第二次世界大戦時に政府によって厳しい宗教統制がされたことを思い、あえて教会ではこの日を「信教の自由を守る日」と呼んでいます。


役員会
教会総会で選ばれた執事たちと教職者とで構成され、毎月第一日曜午後に開催している。
教会が霊的・実際的に健全であるように、話し合いと決定を行う場。だが、あくまで教会総会の意志の下にあるので、重要事項は役員会だけでは決さずに総会に議案として提出する。
教会の歩みが祝福されるかどうかは役員会の状況で大きく左右されるので、祈りで支える必要がある。


教会総会
キリスト教会の政治方法としては、監督政治、長老政治、会衆政治の三種類がある。
一人の監督が絶対的権威を持つのが監督政治
複数の長老会議が最高決議機関なのが長老政治
教会員全員の教会総会が最高決議機関なのが会衆政治
当教会は会衆政治であり、教会総会は、役員会よりも重い権限を持ち、牧師もその決定には従わなくてはならない。教会員であるということは、恵みであると同時に、教会の歩みを左右する一票を持つという責任を任されていることでもある。


信徒・信徒会
神は信じる全ての人を救ってくださいます。ですから広い意味では、主イエスを信じる人はまだ洗礼を受けていなくてもすでにクリスチャンです。しかし信仰は洗礼によって正しく告白されるべきですので、当教会では洗礼を受けた人を「信者、信徒」と呼んでいます。
ただし「信徒会」は、他教会ではなく当教会の教会員が教会の歩みを話し合う場として毎月第三主日の礼拝後に開かれています。


こども祝福礼拝
日本の伝統行事の七五三がこの時期にあることから、教会でも子どもの成長を願い祈ることをテーマとした礼拝を年に一度持っています(2006年は11月5日)。
本当に子どもを祝福してくださる神は、神社ではなく、私たちすべてをお造りになったまことの神・イエスさまであることを伝えたいと願っています。
マルコ10:14,16
「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。」…イエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。


教会学校
こどもたちの信仰育成のために毎日曜朝9-10:10に行っています。
小学生以下は礼拝と分級(幼稚科・下級科・上級科)。
中高生のためにはジュニアクラスが開かれています。
教職者と信徒の中からも教会で選任された教師がこの奉仕にあたり、みことばを教えています。この働きのため、毎月教師会も開かれ、さまざまな計画や生徒のための祈りがなされています。


席上献金・月定献金・目的献金・カンパ
礼拝での席上献金は神への感謝と服従を表す献金で、使用目的はゆだねます。
月定献金も席上献金と意味は同じですが、教会員が自分で決めた金額を毎月ささげます。
使用目的を明確にした献金が「目的献金」で献金箱を別に設けたり、月定献金袋にその旨を明記したりして区別しています。
いずれも神にささげるのが献金ですが、献金とは違う一般的な意味で特定の人物や事物を支援するために募金する場合は「カンパ」という表現を用いています。


各会
当教会では壮年男性の「壮年会」、「婦人会」、青年男女の「青年会」を各会と呼び、毎月一回の例会を開いています。
各会がある週は、三つの部屋に分かれて昼食をいただき、昼食後に会合の時間をすごします。交わりの機会として、また、教会内の奉仕活動を分担するための機関としても用いられています。礼拝に集うだけでなく、各会にも参加していただくと、交わりが深まりますので、ぜひご参加ください。
壮年会は二階親子礼拝室。婦人会は一階集会室。青年会は一階小集会室です。


教会創立
当教会は1951年、当時この地に住んでいた長谷川周治兄姉が、出席していた同盟登戸教会で知り合ったドイツ・リーベンゼラ宣教団のオット・モジマン宣教師が住まいを探していたので自宅を宣教師館に提供した事からその歴史が始まります。その年の十月から集会が始まり、翌1952年9月28日、第一回の洗礼式が多摩川で執り行われ、故工藤由太郎兄・故阿部すぎ姉ら5人が受洗。この日が教会創立の日と定められました。本年で54周年になります。


みことばの光
聖書同盟が発行する、聖書通読のための手引書
一部350円で毎月発行。内容はその日の通読聖書箇所についての解説や、勧め、応答の祈り。コンパクトだが聖書理解を深めるため、日々の聖書通読が励まされるためには安価で有効な手段なので、お薦め。
週報にもみことばの光の通読計画の箇所を掲げ、牧師が1週先に読んで一節を選び、一言コメントをつけている。


ワーシップ・ソング
ワーシップとは礼拝。礼拝に用いる歌は旧約時代から常に、伝統的な曲ばかりでなく新曲が作られてきた。しかし新しい歌は主観的な歌詞であることが多く礼拝で用いるには抵抗も強い。そこで、現代人の好む楽風でありつつも、聖書的な歌詞や、歌詞にあったメロディーを追求した新しい賛美が考案されている。このような新しい礼拝用の賛美の歌をワーシップ・ソングと呼ぶ。