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横田姉証し(1999年)


横田早紀江さん

20年にわたる主の試みと恵み

横田早紀江
1. 事件
 私たち家族は、銀行員の転勤族で、主人と娘、双子の息子の三人の子に恵まれ、ごくありふれた、ささやかな幸せを味わう家族でした。主人の転勤で広島より新潟へ引っ越してきて、一年3ヶ月がたった昭和52年11月15日の夕方、この思ってもみなかった事件が起きたのです。

 新潟の秋は淋しく、中学1年生のめぐみが下校する頃は、もうとっぷりと日が暮れておりました。めぐみはこの秋、バドミントンの選手に選ばれ、新潟市の強化選手として遅くまで練習し、部の女友達と三人で海岸へ向かう暗い道を帰ってきました。友人二人と別れ、もう4、5分の自宅までの暗い曲がり角で、忽然と姿が消えてしまったのです。

2. 捜索の日々
 それからは、大変な捜索となりました。新潟県警始まって以来のヘリコプター、巡視船まで出た捜索活動が、毎日続けられました。
私たちは、失神しそうになりながら、ポスターを全国に貼り、またテレビの呼びかけ番組にも4度出演し、少しでも似た少女の写真や絵を見かけるとすぐに問い合わせたり、出かけたり、本当に気が狂ってしまうような毎日でした。「どうか!どこかに生きていてほしい!もし悪い人に命を絶たれていたら...」と絶叫したい気持ちで探し回っておりました。

 ですが、どんなにしても何一つ手がかりがなく、目撃者もなく、一ヶ月、半年、一年と時だけが過ぎて、私はただ打ちひしがれ、虚しさだけが心に満ちてくるばかりでした。それでも、「今日はあの元気な声が明日は、あの明るい笑顔が玄関に現れるに違いない。」そんな思いを持ち続けました。

 主人や息子たちが勤めや学校に出かけた後は、悲しみがどっと押し寄せてまいりました。こんなに悲しい目にどうして合うのでしょうか。どうすれば立ち上がれるのか。どんなに号泣してみても、いきも止まれと止めてみても、悲しい朝はやってきます。

3. 苦悩の中で
 「子供は親の鏡、親の全てを現します。」とか「因果応報」とか、いろんな宗教の人が来て、悲しい心に突き刺さるような言葉を残していきました。私は祖先に思いを馳せて、誠実で質素な温かい父母を思い、泣きました。現実的にできるだけ、質素に、物を大切に、人に迷惑をかけず、悪いことは勇気をもって悪いといえるようになど両親から教わり、育ててもらいました。

 あまりに悲しむ私に、クリスチャンの友は聖書の言葉で励ましてくださいました。
生まれつきの盲人を見て、イエスの弟子がその理由を聞きますとイエスは次ぎのように答えられました。初めて聞く不思議な言葉でした。

「この人が罪をおかしたのでもなく、両親でもありません。
   神のわざがこの人に現れるためです。」
          (新約聖書 ヨハネの福音書9章3節)

 そんな時、娘と同学年のお子様のお母様が、「聖書を学ぶ会」の誘いにこられ、聖書を置いて帰られました。この悲しさの中、小さな字の分厚い聖書をどうして読むことができるのかと切ない思いでした。それでも、たった一人で天井を見上げ、涙にくれるしかない私は何気なく聖書のページを繰り始めました。彼女は、確かヨブ記を読むようにと言ってたっけ・・・。この時が、神ご自身が私の心にまっすぐに光を差し込んでくださった最初の時でありました。

私は裸で母の胎からでた。
また、裸で私はかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。 (旧約聖書 ヨブ記1章21節)

 人の生も死も、必然的に訪れるものである奇しさを日ごろから考えていましたが、この言葉は何と深いのでしょう。私は、真面目に育てられたことを良しとしていましたが、そこには神の、それも八百万の神ではなく見えない真実の神の存在が、関わっていることを知ったのでした。始めて深呼吸ができ、久しぶりに空気がおいしく思えました。

4. 神の光の中に
 私は、むさぼるように聖書を読み始めました。今まで聴いたことのない魂に深く、それも痛みをもって心地よく染みていくこの本は、なんという本でありましょうか。

 いつの間にか、私の目から悲しさからだけではない、不思議な感動の涙がとめどなく流れ落ちてゆきました。自分の小ささを思わされ、生まれたままの状態で、自分の真面目さを「是」としていたきたなさをいやというほど、気づかされるばかりでした。

 罪あるすべての人間を救うために、十字架の苦しみを経験され、全人類の罪をあがなってくださったイエスさま、そして、この方を世に遣わされた神の遠大な愛のこと、はじめて知る感動でした。こうして神を信じる恵みの中に置いていただき、集会に教会にと喜んで出させていただくことになり、昭和59年5月(これははからずも、不明の娘が成人の年でした。)洗礼を受けました。

苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。
私はそれであなたのおきてを学びました。 (旧約聖書 詩篇119:71)

 そして、集会の友も一人、二人と信じていきました。本当に不思議なことでした。「神様、もし、娘が生きているならお守りください。」この祈りが、10年間、私の日々の祈りになりました。

5. 生きていた!
 そうして、一昨年、20年目にして、はじめてふってわいたように、北朝鮮の拉致という娘の消息が浮上したのです。ひっくり返るような騒ぎでした。まるで、物語のようでした。

 生きていてくれた。やはり神様は祈りを聞いて、娘を危険な地で守り、私を試みの中で、信仰へと導いてくださった。なんという奇しい20年でありましょう。私は戦慄を覚える不思議な喜びを味わいながらも、拉致という大きな問題で、新しい苦しみの中に置かれましたけれども聖書に励まされ、平安になりました。

 それから、全国で立ち上がってくださった救出支援会、被拉致者の家族の方がたと共に、大変な活動が始まりました。

私の魂は黙って、ただ神を待ち望む。
私の救いはただ神から来る。
どんなときにも、神に信頼せよ。
あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。
         (旧約聖書 詩篇62編1、8節)

 全世界を掌握されている神のみわざがどのように現されていくのか、時にはくずれおちそうになりながらも、全てをゆだねて神と歩んでいけますように祈る毎日です。神の深い恵みに感謝しつつ、一刻も早い救出を切に祈っています。

* このお証は、1999年に日本福音クルセードが発行している機関紙グッドニュースに掲載されたものを、 日本福音クルセード、横田早紀江さんご本人より許可を得て転載させていただきました。

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